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庭
俺の家の庭には、小さな子猫とハムスターが一匹ずつ埋まっている。
子猫は俺がまだ小学生高学年くらいだった頃に母親が埋めた。
飼っていた猫というわけではなかった。
ある日の晩家でテレビを見ながら過ごしていると庭から猫の喚くような鳴き声が聞こえてきた。最初はいつもの野良猫が騒いでいるだけかと思っていたがあまりにも長い間聞こえてくるので母が庭に様子を見に行ったら、産まれて間もない猫がそこにいた。
リビングに母が連れてきた子猫を見て俺はびっくりした。まだその猫には羊水がついており全身濡れていて目も空いていなかったのだ。
どうやら野良猫がうちの庭に産み落としそのままおいていってしまったらしかった。薄い茶色の三毛猫で当時小学生だった俺の両の掌よりも小さかった。
その子猫は全身を小さく震わせながら弱々しい鳴き声をあげていた。触れるととても熱く、こりこりと柔らかな骨が俺の指の腹の中で回転した。薄い皮膚の下からは心臓がもの凄い速さで鼓動しているのが直に伝わってきた。俺は猫など飼ったことはなかったがその猫の命が風前の灯火であることは一目でわかった。
すぐに体をタオルでつつみ、温めたミルクを飲ませお湯に濡らしてみたりしたが子猫は鳴き止まず体の痙攣のような震えもとまらなかった。細かな毛の下の薄い皮膚の上には黄色いかさぶたのようなものがいたるところにちらばっており、皮膚炎のようだった。肛門のところには小さな蛆虫が何匹もはっており殺しきれなかった。どうすればいいのかわからなかった。
そのときにはもう夜23時をまわっており、次の日に動物病院に連れていこうという話になった。
俺は心配すると同時にもしかしたら猫が飼えるのではないかと子供心に淡い期待を膨らませた。頑張れ頑張れ、生きろ生きろと胸を強ばらせた。
しかし、その晩に子猫は死んだ。
俺は母の手のなかで息をひきとった猫のことが信じられなくて、まだ生きているのではないかまだ生きているのではないかと何度も何度も頭を撫でた。しかしもうその小さな体には震えも鼓動もなく、頭は力なく垂れさがりベロも口の外にでたまま戻らなかった。だんだんと熱も失い体は冷たくなっていった。
俺はそこで初めて死というものを実感した。涙が溢れてとまらなくなった。さっきまで生きていたのに、なぜ?幼い俺はもうその子猫を直視することはできなかった。部屋の壁の方を向いてタンスの影を見ながらずっと泣いた。もう動かない体も、産まれてから一度も開かなかった瞳も、ただただ悲しかった。
静かに、されど確かにそこに降ってきた死がとても怖かった。子猫の命は、上ではなくどこか下の方奥深くに呑み込まれていってしまったように感じた。
母の話では野良猫は子供を産んだとき、生き延びる可能性の低い子供はその場に捨てていくことがあるのだという。
そうかお前は親に捨てていかれた子供だったのか、と思うと胸が苦しくなった。
だから、うちの庭に埋められている子猫には名前もなく親もなく生きた時間もまるでなかった。目を開けてこの世界を見ることさえなかった。
その晩泣きつかれて眠った俺は死んだ子猫の親猫の夢を見た。あまり覚えてないがたしかに見たような気がする。
親猫はただ鳴いていた。何かを言おうとしていたように感じたが俺にわかるはずもなかった。
あの子猫のことは今でも鮮明に覚えている。
手で抱いたときの感触がいまだに忘れられない。
命とはこんなに熱いのかと思った。子猫の小さな体はとても軽かったはずなのに不思議な重さがあった。その重さに俺は立ちすくんだ。
それ以来、猫を飼う機会はまだ持てていない。
いつか独り暮らしをはじめたら飼ってみたいと思う。
俺の家の庭には小さな子猫とハムスターが一匹ずつ埋められている。
今日はなぜかその子猫の話をしたくなった。
もう一匹のハムスターの話はまたいつか。
子猫は俺がまだ小学生高学年くらいだった頃に母親が埋めた。
飼っていた猫というわけではなかった。
ある日の晩家でテレビを見ながら過ごしていると庭から猫の喚くような鳴き声が聞こえてきた。最初はいつもの野良猫が騒いでいるだけかと思っていたがあまりにも長い間聞こえてくるので母が庭に様子を見に行ったら、産まれて間もない猫がそこにいた。
リビングに母が連れてきた子猫を見て俺はびっくりした。まだその猫には羊水がついており全身濡れていて目も空いていなかったのだ。
どうやら野良猫がうちの庭に産み落としそのままおいていってしまったらしかった。薄い茶色の三毛猫で当時小学生だった俺の両の掌よりも小さかった。
その子猫は全身を小さく震わせながら弱々しい鳴き声をあげていた。触れるととても熱く、こりこりと柔らかな骨が俺の指の腹の中で回転した。薄い皮膚の下からは心臓がもの凄い速さで鼓動しているのが直に伝わってきた。俺は猫など飼ったことはなかったがその猫の命が風前の灯火であることは一目でわかった。
すぐに体をタオルでつつみ、温めたミルクを飲ませお湯に濡らしてみたりしたが子猫は鳴き止まず体の痙攣のような震えもとまらなかった。細かな毛の下の薄い皮膚の上には黄色いかさぶたのようなものがいたるところにちらばっており、皮膚炎のようだった。肛門のところには小さな蛆虫が何匹もはっており殺しきれなかった。どうすればいいのかわからなかった。
そのときにはもう夜23時をまわっており、次の日に動物病院に連れていこうという話になった。
俺は心配すると同時にもしかしたら猫が飼えるのではないかと子供心に淡い期待を膨らませた。頑張れ頑張れ、生きろ生きろと胸を強ばらせた。
しかし、その晩に子猫は死んだ。
俺は母の手のなかで息をひきとった猫のことが信じられなくて、まだ生きているのではないかまだ生きているのではないかと何度も何度も頭を撫でた。しかしもうその小さな体には震えも鼓動もなく、頭は力なく垂れさがりベロも口の外にでたまま戻らなかった。だんだんと熱も失い体は冷たくなっていった。
俺はそこで初めて死というものを実感した。涙が溢れてとまらなくなった。さっきまで生きていたのに、なぜ?幼い俺はもうその子猫を直視することはできなかった。部屋の壁の方を向いてタンスの影を見ながらずっと泣いた。もう動かない体も、産まれてから一度も開かなかった瞳も、ただただ悲しかった。
静かに、されど確かにそこに降ってきた死がとても怖かった。子猫の命は、上ではなくどこか下の方奥深くに呑み込まれていってしまったように感じた。
母の話では野良猫は子供を産んだとき、生き延びる可能性の低い子供はその場に捨てていくことがあるのだという。
そうかお前は親に捨てていかれた子供だったのか、と思うと胸が苦しくなった。
だから、うちの庭に埋められている子猫には名前もなく親もなく生きた時間もまるでなかった。目を開けてこの世界を見ることさえなかった。
その晩泣きつかれて眠った俺は死んだ子猫の親猫の夢を見た。あまり覚えてないがたしかに見たような気がする。
親猫はただ鳴いていた。何かを言おうとしていたように感じたが俺にわかるはずもなかった。
あの子猫のことは今でも鮮明に覚えている。
手で抱いたときの感触がいまだに忘れられない。
命とはこんなに熱いのかと思った。子猫の小さな体はとても軽かったはずなのに不思議な重さがあった。その重さに俺は立ちすくんだ。
それ以来、猫を飼う機会はまだ持てていない。
いつか独り暮らしをはじめたら飼ってみたいと思う。
俺の家の庭には小さな子猫とハムスターが一匹ずつ埋められている。
今日はなぜかその子猫の話をしたくなった。
もう一匹のハムスターの話はまたいつか。
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